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十二人の怒れる男 ~ 裁判員制度で思うこと

出張の話題でもないし、裁判員制度の開始に便乗して無理やり記事を書いているわけではないのですが、この制度を考える時、「アメリカが好き」というカテゴリーに思わず書き込まずにいられない気持ちになります。

原題は、12 Angry Men (そのままですね・・・)

故、淀川長治氏が「これがアメリカですねぇ」と評していた、本当に様々なアメリカの象徴を見せてくれる作品です。

 

多民族、多様な価値観、人種偏見、合議制、オープンな議論、他人の意見に流されない個人の主張の大切さ、博愛主義、等々。

 

本当に素晴らしいです。

 

仕事に結びつけて考えるなら

「我々はこういう価値観を持つ連中と日々議論や会議をしているのだ」

ということを認識することは無益ではありませんね。

 

この映画が作られたのが1957年で、これをビデオで観たのが1995年。

こんな作品を見過ごしていたことを心から恥じた思い出があります。

物語は、ヒスパニック系の17歳の少年が父親殺しの容疑で法廷に立ち、陪審員の審議に入るとこから始まります。

審議を請け負った12人の陪審員の多くが、「極く簡単に有罪判決で終わるケース」と考えて審議室に入るのです。

投票が始まります。

「有罪、有罪、有罪・・・」開票結果は簡単に有罪と決まるものと思われた瞬間、「無罪」の票が登場します。 

ヘンリー・フォンダ演じるこの男性は、「無罪という確証はないが、同様に有罪という判断に確証が持てない」という理由で無罪票を投じるのです。

12人全員一致でないと陪審員判決にできないというルールの中で、1対11の議論が始まります。 

時間を追うごとに、ひとり、またひとりと無罪票に転じるものがあらわれ、最後は12人が無罪で審議を終えるのです。

そこに至るまでの間に展開される、人間のエゴ、偏見、博愛、理解・・・それはそれは凄まじい人間ドラマです。

そして冤罪を背負うかもしれなかった一人の青年の将来を救った12人が審議室を退出した後、ラストシーンでカメラは静かに、激論が行われた部屋とテーブルを上のショットから舐めるんです。

これは同じく、故、淀川長治氏のからの受け売りですが、これが神様の視点なんですね。


人を裁くというのは、本来、神にのみなせる業なんです。

それを「君たち12人は本当によくやったよ」と天上から神様が見下ろしている。 

そんなことを感じさせるラストショットなんですね。

 


十二人の怒れる男

 

このころのアメリカ映画はバイオレンスも無く、本当に良い作品が多いです。

映画紹介のサイトではないのですが、アメリカの文化を語る時、映画は欠かせないですね。

 

ヘンリー・フォンダの主演をジャック・レモンに変えて1997年にリメイクされたバージョンも見事な出来でした。

最近はこのロシア版も出ているようで、「十二人」を「12人」に変えたタイトルになっています。

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